2014年5月10日土曜日

中島義道の「善人ほど悪い奴はいない」を読んだよ!



前回の記事に書いた読みたかった本を読んだ。
久々に読書をしたからというのもあるかもしれないけど一気に読み切れなかったw


テーマがニーチェで哲学だからってのもあるけど出てくる言葉が難しすぎるんだよ!!!
全部読んだけど妥協した理解で止まっちゃって正確に理解できてないと思うw


これはあんまり活字を読むのに慣れてない人は読むの難しいや^p^
ただ、書いてある事は非常に「人間」という生き物の正体を暴いていると思う。

これはニーチェによるものが大きいかな!
ただ、ニーチェの言った事を著者が少し分かりやすくしてある。


ここまで今の社会では言いにくい事をハッキリ書いてある本に出会ったのは初めてかも。
間違ってもテレビでは放送出来んからねw


どんな内容だったか箇条書きでまとめておくと・・・。


・この本における善人とはほぼ大衆と同じ意味だと考えていい。
・善人は「平等に接しない人間」を徹底的に嫌い、潰そうとする事。
・善人は「みんなもそうだから」、「平等であるべき」という大義名分で説得力を持たせてくる。
・しかもそれを悪びれず、正しいことだと信じてやまない。
・同情というものはあるべき人間関係を崩壊させる。
・ニーチェは偉大な哲学者ではなく、非常に臆病で素直な男だった。


とまあ大体こんな感じかな!
俺が日頃感じていた事を明確に文章で書かれていた感じw

いやぁ、思ったことを正確に文章に出来るって文系の人すごいね!
きっかけになった「善人になるのは簡単だけど、悪人になるのは覚悟が要る」ってのは
俺の考えとは少し違ったけどね!


あくまで善人の「対義語」としての意味合いで悪人を使っていて
「悪人」という本来の意味で使われていない事を前提にお話。


・俺の場合

他人に注意をした方が良い場面があったとする。
ただ、注意をするとその人との人間関係が悪化するかもしれない。

注意をせずに相手にとって(都合の)良い人を演じてその場をやり過ごすのは簡単だ(善人)。
相手との仲が悪くなるリスクを承知で注意をするのは覚悟が要る(善人の対義語としての悪人)。


うまく文章で表現出来ないけどw
日常でよくあるケースを例にしたから割と連想しやすいはず・・・。



・この本の場合

善人≒大衆という前提があると前置き。

大衆は大衆に属しているという安心感がある。
悪人になるのは大衆では無くなる事である。

大衆は大衆ではないものを徹底的に潰そうとする。
なぜなら大衆にとって悪人は異質であり、今ある平穏が脅かされるかもしれないからだ。

なので大衆は大衆ではない悪人を恐れ袋叩きにしようとする。
よって悪人になるのは覚悟が要る、といったところ。



俺のはなんか俗っぽくてあんまり良い事言ってなかったw
まあふと思いついた事に高尚さを求めてもしょうがないよね^p^


ちなみに読んでると多くはこうなるw


本「以上の理由で善人はクソ!」

読み手「うんうん、確かに善人って鬱陶しいな!」

本「あ、今善人を見下したお前もクソだよ」

読み手「」




なんでや・・・。



 
俺は別に善人を見下してないよ!クソどうでもいい生き物としか思ってないだけでw
ただ自分の頭で物事を考えようとしない人間は軽蔑するけどね^p^


とまぁこんな感じで高確率でいきなり顔面パンチの洗礼を受けるw
ほぼ不意打ちでしょうがないので事故だと思って諦めよう!

大体この本を手に取るであろう層が大多数の「善人」なんだからさー
不意打ちの顔面パンチを避けられる方がおかしいんだよなぁ・・・。


まあでも、書いてある事は面白いよ!



この記事を読んで、この本に興味を持った人に1つだけアドバイス。


「善人」からの脱却は非常に難しい、「善人」とどう向き合うかの手引書として読んだ方が良い。


著者の意図とは違うかもしれないけど、これを読んで自分自身を変えようとするのは結構勇気要るよw
大衆を敵に回すことはとてつもない力で蹂躙され、潰される事になるからね!


漠然と人間ってこういう生き物かーって思うだけでも儲けモンだよ!!


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

0 件のコメント:

コメントを投稿